精神科で処方される薬を長期間飲み続けているとき、「肝臓への影響は大丈夫なのだろうか」と気になったことはありませんか。
実際、精神科の薬の中には肝臓で代謝されるものが多く、一部の薬では定期的な血液検査が必要です。今回は、抗うつ薬・抗精神病薬・気分安定薬・ADHDの薬それぞれの肝機能への影響について、エビデンスをもとに整理します。
薬物性肝障害(Drug-Induced Liver Injury:DILI)とは、薬が原因で肝細胞が傷つき、肝機能が低下する状態です。
DILIには2つのタイプがあります。中毒性(予測可能型)は用量依存的に誰にでも起こりうるもので、アセトアミノフェンの過剰摂取が代表例です。特異体質性(予測不可能型)は、遺伝的素因・免疫反応などの個人差により一部の人にだけ起きるもので、精神科の薬によるDILIのほとんどはこのタイプです。
SSRI・SNRI(最もよく処方される抗うつ薬)
SSRI(フルボキサミン・パロキセチン・エスシタロプラムなど)・SNRI(デュロキセチン・ベンラファキシンなど)による肝障害は、まれですが報告されています。
2024年に発表されたケースレポート(Renemane & Rancans, Frontiers in Psychiatry, 2024)では、セルトラリン(日本未承認)50mg投与後に急性肝細胞障害を発症し、投与中止後90日間で肝機能値が正常化した症例が報告されています。著者らは「SSRIによる肝毒性リスクの継続的なモニタリングが必要」と結論づけています。
デュロキセチンは他のSSRI/SNRIと比較して肝障害リスクがやや高いとされており、NIHのLiverToxデータベースでも「肝障害リスク:B(可能性あり)」に分類されています。肝機能障害のある患者への投与は慎重を要します。
三環系抗うつ薬(アミトリプチリンなど)
三環系抗うつ薬は胆汁うっ滞型のDILIを起こすことがあります。頻度はまれですが、SSRIよりもリスクがやや高いとされています。現在では主に不眠・疼痛に対して少量使用されることが多く、通常用量では過度に心配する必要はありませんが、肝機能のベースライン確認は有用です。
クロザピン
クロザピンは治療抵抗性統合失調症に使われる薬で、抗精神病薬の中で肝機能への影響が比較的大きいとされています。投与開始後の一過性のトランスアミナーゼ上昇が見られることがあり、肝疾患合併例には使用禁忌です。一般的なクリニックでは処方されない薬であり、専門の医療機関で管理されます。
オランザピン・リスペリドン・アリピプラゾールなど
非定型抗精神病薬全般では、一過性のAST・ALT上昇が見られることがあります。頻度は薬剤によって異なりますが、臨床的に重篤な肝障害は比較的まれです。
ただしオランザピンは代謝系への影響(体重増加・脂質異常・糖尿病リスク)から、間接的に非アルコール性脂肪肝疾患(MASLD)のリスクを高める可能性があります。体重管理と合わせた定期的な肝機能確認が望ましいです。
World Journal of Gastroenterologyに掲載されたレビュー(Psychotropic drugs and liver disease, 2017)では、「抗精神病薬による臨床的に有意な肝障害は比較的まれだが、長期投与では代謝への影響を通じた二次的な肝障害に注意が必要」とまとめられています。
バルプロ酸(デパケン・バレリン)──最もリスクが高い薬
精神科薬の中で、肝毒性のリスクが最も高い薬のひとつがバルプロ酸です。
バルプロ酸の肝毒性のメカニズムとして、ミトコンドリアβ酸化の阻害→乳酸蓄積→ミトコンドリアDNA障害→肝細胞障害という経路が明らかにされています(Life Sciences, 2024)。カルニチン低下が肝障害を増悪させるため、カルニチンが解毒剤として機能する可能性が示されています(NIH LiverTox)。
肝硬変に至るリスクはどのくらいか
バルプロ酸単独使用による肝硬変の発症率を示した大規模疫学研究は現時点では存在しません。ただし、慢性的な潜在性の肝毒性による肝硬変・高度線維化の症例は複数報告されており(NIH LiverTox)、長引く経過では線維化・胆管増生・再生結節が見られる場合があります。
重要な文脈として、精神科患者全体の肝疾患リスクを見た香港の大規模コホート研究(10万5,763人、12年間追跡)では、精神科患者は一般人口と比べて肝細胞癌の発症率が1.42倍高く、肝疾患が死因の第5位(全死亡の5.6%)でした。さらに肝関連イベントが起きた患者の38.9%は、それまで肝疾患があることを認識していませんでした(Hui et al., Alimentary Pharmacology & Therapeutics, 2020)。
糖尿病・高脂血症を合併している患者ではバルプロ酸による肝障害リスクが有意に高く、これらを合併している方は特に定期的な肝機能検査が重要です。また、肝疾患のある患者・大量飲酒者への投与は避けることが推奨されています。
炭酸リチウム
炭酸リチウムはDILIのリスクは比較的低いとされています。腎機能への影響が大きいため、定期的な血中濃度・腎機能・甲状腺機能のモニタリングが必須です。肝機能への直接的な影響は少ないですが、長期使用では総合的な代謝評価が推奨されます。
ラモトリギン(ラミクタール)
ラモトリギンによる肝障害はまれですが、重篤な皮膚症状(Stevens-Johnson症候群)との合併で肝障害が起きる場合があります。抗てんかん薬の中では比較的安全に分類されています。
メチルフェニデート(コンサータ・リタリン)
メチルフェニデートによる肝障害の報告はまれです。NIH LiverToxデータベースでは「肝障害リスク:D(可能性は低い)」に分類されており、通常量での使用では過度な心配は不要です。ただし既存の肝機能障害がある場合は慎重に使用する必要があります。
アトモキセチン(ストラテラ)
アトモキセチンは添付文書上、「重篤な肝障害の報告がある」と明記されています。市販後調査で黄疸・肝不全の報告があり、FDAは2004年に警告ラベルを追加しました。頻度は非常にまれ(100万人に1人程度)ですが、黄疸・腹痛・濃色尿などの症状が出た場合は直ちに投与を中止し、肝機能を確認する必要があります。
グアンファシン(インチュニブ)
グアンファシンは降圧薬に近い成分の薬で、肝機能への影響は最も少ないADHD薬のひとつです。重篤な肝障害の報告はほとんどなく、肝機能への懸念が強い患者では選択肢のひとつになります。
ほとんどの精神科薬では、適切な投与量・定期モニタリング・異常時の早期対応により、肝硬変に至るリスクは非常に低いとされています。
ただし、以下の場合は注意が必要です。
薬による肝機能異常は、初期には自覚症状がないことがほとんどです。倦怠感・食欲低下・黄疸・濃色尿などが出た段階では、すでにかなり進んでいることがあります。
そのため、定期的な血液検査(AST・ALT・γGTP・ビリルビンなど)でモニタリングを続けることが早期発見につながります。当院では、服薬中の患者さんに対して定期的な検査を行っています。
当院(上尾の森診療所 上尾駅前分院)では、精神科の薬を長期間服用されている方への定期的な血液検査のご相談もお受けしています。「肝臓への影響が心配」という方は、診察でお気軽にお話しください。
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