「薬を飲み始めてから体重が増えてしまった」「食欲が止まらない」「以前の服が入らなくなった」。
精神科の薬を服用されている方から、体重増加についてのご相談をよくいただきます。これは気のせいでも、意志が弱いからでもありません。薬の作用として実際に起こることであり、対策のある問題です。今回は、なぜ薬で太りやすくなるのか、そしてどう対処できるのかをお伝えします。
最初に、最も大切なことをお伝えします。体重が増えたことを理由に、自己判断で薬をやめないでください。
体重増加は、薬を続けることがつらくなる大きな理由のひとつです。実際、抗精神病薬による体重増加は、服薬を続けにくくなることと関連することが報告されています。しかし急な中断は症状の再燃につながります。体重が気になるときこそ、やめる前に主治医にご相談ください。薬の見直し、生活習慣への取り組み、場合によっては体重に対する治療など、方法はいくつもあります。
精神科の薬による体重増加には、いくつかの仕組みが関わっています。
ひとつは食欲が増すことです。多くの向精神薬は、脳のヒスタミン受容体やセロトニン受容体などに作用します。これらは食欲や満腹感の調整に関わっているため、その働きが変化すると、食欲が増したり、満腹を感じにくくなったりします。
もうひとつは代謝への影響です。一部の薬は、インスリンの効きにくさや脂質の代謝に影響し、同じ食事量でも太りやすい状態を作ることがあります。
さらに眠気による活動量の低下も加わります。薬の鎮静作用で日中の活動が減れば、消費エネルギーも減ります。うつ状態そのものが活動量を下げていることもあります。
すべての精神科の薬が同じように体重を増やすわけではありません。薬による差を知っておくことが、対策の第一歩になります。
抗精神病薬
抗精神病薬の中でも、体重や血糖・脂質への影響にはかなり差があります。特にオランザピンやクロザピンは、体重増加や代謝への影響が大きい薬として知られています。クエチアピン・リスペリドン・パリペリドンなどでも体重が増えることがあります。一方、アリピプラゾールやルラシドンなどは、平均すると体重や代謝への影響が比較的小さいとされています。
抗うつ薬
抗うつ薬では、ミルタザピンが比較的体重が増えやすいとされています。ミルタザピンは食欲を増進させる作用があり、それを利用して食欲のない方に処方されることもあります。パロキセチンなどでも体重が増えることがあります。
ただし、18万人以上を対象にした研究では、抗うつ薬どうしの平均的な体重差はそれほど大きくないことも示されています。抗精神病薬ほど薬剤間の差は大きくない、と考えてよいでしょう。
気分安定薬
バルプロ酸では体重増加がみられることがあります。炭酸リチウムでも体重が増える方はいますが、平均的な体重への影響は従来考えられていたほど大きくないという研究もあります。ラモトリギンは比較的体重への影響が少ない薬です。
ただし「太りにくい薬=その人にとって良い薬」というわけではありません。薬は、その方の症状に対する効果で選ばれています。症状への効果や他の副作用も含めて、総合的に判断する必要があります。
この記事で最もお伝えしたいのが、この点です。
体重増加は、薬を始めてから最初の数か月に起こりやすいことがわかっています。そして近年の研究では、治療開始から12週間ほどの体重の増え方が、その後の体重増加を予測する有力な手がかりになることが示されています。
つまり、「半年経って気づく」のではなく、「最初の1〜3か月で増え始めていないかを見る」ことが、最も効果的な対策になります。
相談の目安:もとの体重から3〜5%程度増えてきたら
たとえば60kgの方なら2〜3kg、70kgの方なら2〜3.5kg程度です。この段階で相談していただければ、対応の選択肢も多く残っています。海外のガイドラインでも、大きく増えてから動くのではなく、早い段階で対応を検討する考え方が主流になっています。
① 体重を記録する
対策の出発点は、変化に早く気づくことです。薬を始めたら、特に最初の3か月は体重を定期的に測って記録しておきましょう。グラフにすると変化の傾きが見えやすくなります。
また、抗精神病薬を使用している場合は、体重だけでなく、腹囲・血圧・血糖・脂質もあわせて確認することが大切です。当院でも、服薬中の方には定期的な血液検査をおすすめしています。
② 薬以外の原因がないか確認する
薬を始めてから体重が増えたとしても、すべてが薬のせいとは限りません。
甲状腺機能の低下・血糖の異常・睡眠不足・睡眠時無呼吸・飲酒・活動量の低下・他の薬の影響などが関わっていることもあります。また、精神症状が改善して食欲が正常に戻った結果という、いわば良い変化のこともあります。急激な増加や予想以上の増加がある場合は、薬の副作用だけと決めつけず、採血などで他の原因がないか確認することも大切です。
③ 主治医に相談する(薬の見直し)
体重増加が気になることを、遠慮なく主治医に伝えてください。症状が安定していれば、より体重への影響が少ない薬への変更や、量の調整を検討できる場合があります。
ただし、薬の変更には症状が再燃するリスクも伴います。「変えられるかどうか」「変えるとしたらどのタイミングか」は、これまでの経過を踏まえて慎重に判断する必要があります。だからこそ、自己判断ではなく相談が大切です。
④ 生活習慣に取り組む
「薬のせいだから生活習慣では変わらない」と思われるかもしれませんが、そうではありません。食事・運動・行動の工夫を組み合わせた取り組みによって、体重増加を抑えたり、代謝の状態を改善したりできる可能性があることが示されています。劇的に減るというより、増加を抑える方向に働くと考えてください。
取り組みやすいものとしては、次のようなことがあります。
薬で食欲が増しているときに、意志の力だけで我慢しようとすると苦しくなります。「我慢する」より「環境を変える」ほうが現実的です。
⑤ 必要に応じて、薬による対策を検討する
生活習慣の工夫だけでは十分でない場合、薬を使った対策が検討されることがあります。
抗精神病薬による体重増加に対して最も研究されている薬のひとつが、糖尿病治療薬のメトホルミンです。20件・1,070人を対象としたメタ分析では、メトホルミンを使用した群は、プラセボ群と比べて平均約3.3kg体重が少ないという結果でした。最近では、体重が増えてから使うだけでなく、体重増加リスクの高い抗精神病薬を始めるときに予防的に併用する方法も研究されています。ただし、これは海外を中心とした研究の話で、日本で同じように使えるとは限りません(後述します)。
さらに近年、GLP-1受容体作動薬についても、抗精神病薬を服用している方の体重を減らす効果を示す研究が増えています。
ただし、これらの薬を誰でも体重減少の目的で使えるわけではありません。
メトホルミンは、日本では糖尿病の治療薬として承認されている薬です。「抗精神病薬による体重増加」に対する使用は国内の効能・効果には含まれておらず、日本の保険診療でそのまま使えるとは限りません。研究で効果が示されていることと、日本で実際に処方できるかどうかは別の話になります。使えるかどうかは適応の確認が必要ですので、必ず主治医にご相談ください。
また日本では、セマグルチド(ウゴービ)やチルゼパチド(ゼップバウンド)が肥満症の治療薬として承認されていますが、保険診療で使うにはBMIや合併症、食事・運動療法を行っても効果が不十分であることなど、厳しい条件があります。こちらも、使用できるかどうかは主治医や肥満症を診療する医師とご相談ください。
体重の増加は、見た目の問題にとどまりません。糖尿病や脂質異常症のリスクを高め、自己評価を下げ、外出や人と会うことを避けるようになるなど、生活の質にも影響します。
しかし、体重が増えたことを恥ずかしく思う必要はまったくありません。これは薬の作用として起こる、よく知られた現象です。診察のときに「体重が増えて困っている」と伝えていただければ、そこから対策を一緒に考えることができます。
精神科の薬による体重増加は、食欲の増加・代謝への影響・活動量の低下によって起こります。薬による差があり、オランザピンやクロザピン、ミルタザピン、バルプロ酸などは体重が増えやすい一方、影響の少ない薬もあります。最も大切なのは「増えてから痩せる」ことより「早く気づく」ことです。薬を始めて最初の1〜3か月の変化がその後を左右するため、この時期の記録が役立ちます。もとの体重から3〜5%程度増えてきたら、早めに主治医にご相談ください。対策としては、記録すること、薬以外の原因を確認すること、薬の見直しを検討すること、生活習慣に取り組むこと、必要に応じて薬による対策を検討することがあります。最も避けたいのは、自己判断で薬をやめてしまうことです。
「薬を飲み始めてから体重が増えた」「このまま続けていいのか不安」という方は、遠慮なくお話しください。症状の安定と体重の両方を大切にしながら、その方に合った方法を一緒に考えます。
当院(上尾の森診療所 上尾駅前分院)では、服薬中の体重や代謝の変化についてのご相談もお受けしています。定期的な血液検査による確認や、必要に応じて内科との連携も行いながら、治療を進めていきます。
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